大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和24年(ネ)38号 判決

被控訴人が別紙目録記載の農地に関する控訴人の訴願について昭和二十三年五月十三日した裁決を取消す。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

二、控訴の趣旨

主文第一、二、四項同旨の判決及び当審において新に石森町農地委員会が前記農地についてした買收計画を取消す。

三、事  実

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、「本件買收計画公告の日は昭和二十二年十月十七日である。控訴人は石森町石森字町六十六番地に住所を有し家族の一人である亡兄の妻はるのを右住所に残して再渡満したものである。原判決事実摘示中賃借人伊東伍三郎とあるのを管理人伊東五三郎と訂正する。」と述べ被控訴代理人において、「本件買收計画公告の日が昭和二十二年十月十七日であることは爭はない。伊東五三郎は管理人ではなく賃借人として昭和二十二年四月まで控訴人主張の畑を耕作していたものである。」と述べた外、原判決事実摘示と同一であるから茲に之を引用すると述べた。(立証省略)

四、理  由

石森町農地委員会が控訴人所有の別紙目録記載の農地につき、昭和二十年十一月二十三日現在控訴人が石森町に住所を有しないものとして自作農創設特別措置法第三條第一項第一号により遡及買收計画を定めて昭和二十二年十月十七日その旨公告し控訴人において昭和二十二年十月十九日同委員会に異議を申立てたが同月二十五日異議申立棄却の決定を受け、次いで同月二十七日被控訴人に訴願したが、被控訴人は昭和二十三年五月十三日原決定は正当であるとして訴願申立を棄却する旨裁決し控訴人は同年六月四日右裁決書の交付を受けたことは、当事者間に爭がない。

そこで右遡及買收計画が違法であるか否かについて案ずるに、成立に爭のない甲第一号証、第四、五号証、第八号証、当審証人伊東五三郎の証言により成立を認める甲第九号証、原審証人木曾吉太郎、当審証人田淵政一、伊藤政夫、伊東五三郎の各証言並びに当審における控訴人本人訊問の結果を綜合すると、別紙目録記載の農地は控訴人家祖先傳來の土地で石森町石森字町六十六番地居住の控訴人の兄伊東新之進においてさきに相続承継したものであるが、新之進は昭和十八年四月七日死亡し妻はるのとの間に子がなかつたので親族間において協議の結果同町に落付いて新之進の跡目を相続するに適当な者は新之進の弟等のうち控訴人を除いて他にないものとし、控訴人を新之進の家督相続人に選定する手続をし、一方控訴人もかねてから故郷石森町に帰來永住の希望を有していたので之を承諾した結果、控訴人は昭和十八年十月二十日新之進の家督相続人として同町戸籍吏に相続届出をしたこと(控訴人の右身分関係については当事者間に爭がない)、これより先控訴人は昭和九年中満洲で商人をしていた兄年治(新之進の弟)から手傳のため呼ばれて渡満し爾來家族と共に満洲にあつたが偶々前記新之進が死亡するや昭和十八年五月二十日頃一旦石森町に帰來し同年九月二十日頃再び同町に帰來して前記家督相続届出の手続を済ませたが、早急に家族を引連れて満洲を引揚げ帰農するため、それまでの間家事その他の管理を新之進の妻はるのに依頼し、なお当時はるのは中風症であつたので本件農地のうち石森町字町六十八番の一の畑のうち七畝二歩を賃貸小作させていた伊東五三郎にも農地の管理を依頼して渡満したところ、当時戰爭苛烈となり内地渡航が制限されるに至つたため帰国不能となり、昭和二十年春には大連まできて帰国の機会を待つたが目的を達せず終戰後は抑留され漸く昭和二十一年八月十五日家族と共に石森町に帰來することができたこと、その間前記はるのは昭和二十年六月七日死亡し伊東五三郎において本件農地を管理し小作料の收納納税等をしてきたが控訴人は帰來後昭和二十一年八月二十日賃借人伊東五三郎等から石森町字町六十八番の一畑一反六畝二歩の合意返還を受け同年十一月二日賃借人三上秋之助から同人との間の仙台地方裁判所古川支部昭和二十一年(セ)第二七号事件の調停成立により石森町駒牽二十番畑一反一畝二十五歩の返還を受けることとして昭和二十二年七月二十日右の内五畝歩の引渡を受けいずれも控訴人において農耕に從事していることを、それぞれ認めるに十分である。他に右認定を妨げるに足る証拠はない。以上要するに、控訴人はさきに昭和九年中渡満以來満洲に居住し郷里である石森町には住所を有しなかつたのであるが、昭和十八年四月七日長兄新之進死亡後一時石森町に帰來し新之進の家督相続人に選定されるや同年九月二十日再び同町に帰來して同年十月二十日家督相続の手続を了し、同町に永住の目的で新之進の居住していた同町の家を住所とする意思を有したばかりでなく、家族の一員である新之進の妻はるのを引続き右家に居住せしめ早急に満洲にある妻子を引連れて來るまで一時不在中の管理をこれに依頼したのであつて、当時他に事故が発生しない限り直に妻子を引連れて帰來し得たのであるが偶々不可抗力の事情により帰国不能となつたため昭和二十一年八月十五日まで帰來し得なかつたものであることが明である。かような場合は控訴人が家督相続の届出を了した昭和十八年十月二十日以後は控訴人の生活の本拠は右石森町の家にあるものと解するのが相当であつて從つて昭和二十年十一月二十三日当時控訴人は本件農地の所在区域である石森町に住所を有したものといわなければならない。

以上により石森町農地委員会が昭和二十二年十月十七日控訴人所有の別紙目録記載の農地につき、昭和二十年十一月二十三日現在控訴人が石森町に住所を有しないものとして遡及して買收計画を定めその旨公告したのは違法であるから、被控訴人が右買收計画を認容し、前記控訴人の訴願申立を棄却する旨裁決したのは亦違法であつて取消を免れない。よつて被控訴人に対し右裁決の取消を求める控訴人の本訴請求はその他の爭点につき判断するまでもなく正当である。なほ控訴人は当審において新に石森町農地委員会の前記農地についてした買收計画を取消すとの判決をも求めるのであるが、前記被控訴人に対する裁決取消の本件判決が確定するときは、その確定判決の効力は関係の行政廳を拘束するものであるから結局違法な買收計画自体も取消の運命を免れないのであつて、これ以上特にその買收計画の取消の裁判をも併せて求めなければならないものではないのであるが、仮に之を求めるとしても本件買收計画に対する右のような請求の相手方は石森町農地委員会であつて、被控訴人を相手方とすべきものではない。要するに控訴人の右請求部分は棄却を免れないものである。

よつて原判決は結局不当で本件控訴は理由があるから民事訴訟法第三百八十六條第九十五條第八十條第九十二條を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 谷本仙一郎 村木達夫 猪狩眞奏)

目録省略

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!